2017年09月17日

ボラ卒業

 老人ホームのボランティアに行くのをやめることにした。年末が近づいて来て、次のビザの準備段階に入り、少し気が急くこともあるのと、一つの節目として、ということで。元々は、専門学校のタスクの実務経験として始めたのだが、現場にもっと慣れておきたいということもあったし、せっかく受け入れてもらって、必要な時間が終了したらさっさとやめてしまうというのも、なんだか失礼な感じがしたので(これは多分に日本人的な考えで、実際にはあまり気に留めてもいないようだけれど)、続けていたのだった。
 居心地もよく、なんどか仕事のオファーもあったのだが、勤務条件がビザ条件に合わないので断らなくてはいけないのはなんとも残念だった。入居している人数も少なく、スタッフも日中はせいぜい4人か5人でまわせるほど小さな施設だったので、ときにスタッフの急な病欠が出たりすると少しバタバタして、こんなボランティアでもかなり役に立つこともあった。
 乳国の老人たちがどのような生活を送ってきたのかを垣間みることも出来たし、日本人との違いや共通している点などをいろいろと観察できたのも有意義だった。小さなトラブルや、スタッフ同士の微妙なやりとりなどを通して、キウイの思考についても気づくところがあった。
 概して、細かなところには執着せずに、いろいろと大味なところがいかにもキウイらしくて、それは職場の雰囲気を気楽に、フレキシブルにしていて、とかく深刻になりがちな日本人の人間関係よりも付き合いやすい。システム上の創意工夫がどちらかというと効率的ではなく、もっとこうすればいいのに、と効率重視な日本人の目には映ることも多いが、それでともかくもまわっているところにあえて進言するような分際でもないので、郷に入っては郷に従うようにした。

 辞めるときは最後の最後まで何も言わないようにしていた。親切なキウイたちはきっと何か用意してくれるだろうし、あまり大ごとにされるのは好まないのだ。最後の日に、居合わせた順に一人ずつ、お別れを言った。みんな残念がってくれて、それはそれでありがたいことだと思う。介護士の鑑だと思っているジェニーさんには、たくさんのことを教えてもらった。かなり強いキウイ訛りにもようやく少し慣れてきたところだった・・。今日でここをやめます、今までありがとう、と伝えると大きな目をうるませて、私は泣き虫なのよと言いながら巨体でがっちりとハグをしてくれたのだった。

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乳国的nothingness...

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4時間半で無事到着・・

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初めての遠出・・

初めてですか!?
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posted by ふにゃこ at 18:19| Comment(3) | 仕事とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月10日

”むずかしい”

 外国語の勉強は、天才でもなければ難しいものだ。それなのに、英語って難しいよね、とか、日本語って難しい?などと言われると、多少イラっとする。まして、ヨーロッパ語同士で、ゲルマン語系とラテン語系のちがいはあるものの、互いに共通している部分も大きいのに、英語ネイティブが、フランス語って難しい、と悲鳴を上げたりしていると、どうリアクションしてよいか分からない。

 もちろん言語によって、また母語によってむずかしいと感じるポイントがちがうわけで、英語ネイティブにとっての日本語、フランス語と、日本人にとってのドイツ語を同列に語ることは出来ないだろう。
 日本語に興味がある、とか、教えてほしい、などと言われることがあるのだけれど、動機もいろいろ、求めているものもいろいろで、一体何をどう教えればよいのかさっぱり分からないので、いまだに教えたことはない。けれど、やはり日本語の難しさは読み書きにあると思う。ALTや交換留学生などで、日本語がほぼゼロでやってきても、1年後には割合話せるようになっているケースがめずらしくないように思う。わが子たちの英語力を考えると、1年でその人たちが話している日本語レベルで英語が話せたかというと、とてもそうではなかったと思う。
 主語を省くことも多く、伝えたいことを手短かに言おうと思えば、ワンパターンの語彙でどうにかなる。けれども読み書きはやはりそうはいかず、ひらがな・片仮名だけでは到底本はおろか、マンガも読むことは難しい。小学生の漢字だけだとしても、約1000文字で、単体だけでなく、熟語を知っている必要があるし、音読み・訓読みも加わるので、その苦労は察してあまりある。

 ならば英語の難しさはというと、私はやはり語彙の多さと、句動詞である。動詞の意味が分かっていても、句動詞を知らないと日常会話では分からないことだらけだ。しかも句動詞について、日本の教科書はあまり多くを教えてくれない。印象としては、アメリカ人よりもイギリス人の方が、小難しい単語を使う人が多い(自分の周囲の人がそうなのかも知れないが)。それが言葉を面白くもしてくれるのだが。
 ドイツ人は口を揃えて、ドイツ語って難しいよねなどと言うが、英語に比べると、(自分のレベルは低いのだが)中級までのドイツ語ならば、英語よりも簡単なのでは、と思う部分もあり、本人たちが言うほどにはドイツ語は難しくないと思っている。私が難しいなと思う点は、よく似た形・響きの言葉が多い、ということだ。英語のように、ゲルマン語系とラテン語系、中にはギリシア語系のものまで含まれているため、音にバリエーションがあるというのとは違うので、当然なのかも知れないけれど。

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乳国には世界で一番急勾配な坂があり、観光名所にも
なっていますが、実はこの、友人宅前の小さな袋小路は
もっと急なのだとか。オートマチック車でもローに
入れて上っています。写真に撮ると分かりづらい・・?

ここですよ?
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posted by ふにゃこ at 10:54| Comment(0) | 英語ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月03日

情報処理

 アルファベットの国の人たち(つまり、ほぼ日本と中国以外ということになるのかも知れない)とは、文字情報を理解するプロセスがかなり違うのでは、という印象はずっとあった。何か書類にざっと目を通すようなとき、日本人はちらりと眺めて、ということも多いけれど、アルファベットの人たちはかなりじっくりと見ている。几帳面な人だからなのかと思ったこともあるが、実際多くのケースで自分が思っている以上に長い間目を落としている。それが商品のちょっとした説明書きだったり、簡単なメモであったりしてもである。

 かと思うと、単語の頭文字だけを並べた暗号のような短い句をあっという間に解く。V.I.P.だのASAPだの、有名どころであれば分かるが、個人が勝手に作ったものでも、おどろくほどあっさりと読み取るものだ。尤もここまでは、その文字を使って暮らしているので当然といえば当然のことではある。意外なところで、日本人の言うところの顔文字、つまりアスキー文字がなかなか顔に見えないらしい。これは日本のマンガ文化によるところも大きいのでは、とひそかに思っている。

 あるとき大先輩のお宅に遊びに行ったとき、かぎ針編みの大きな作品を作成しておられたのだが、参考にしている乳国の本の説明が、なんと文字がほとんどなのである。ある編み方に記号をつけて、たとえば1列目から2列目はこの編み方、3列目の何行目からこの編み方、というように。順番に読んでいけば何とかなるのだけれど、時間がかかって大変だから、と先輩はご自身で模式図化してみたところ、スピードアップ出来た、ということだった。
 それでそういえば、と思ったのが、いつも分かりづらくて辟易するバスの停留所案内である。日本式に、簡単な地図なり住所なりがあればすぐに分かるものが、どこそこのストリートの角、とか何とかアベニュー、などと文字だけで書いてあるのである。およそ手順書はほとんどが文字だけであることが多い。つまりはほぼアルファベット26文字プラス大文字少々と数字だけで書かれているので、なかなかの暗号解読なのである。
 またときどき、何かの場所を説明するのに、簡単な絵地図を書くとびっくりされることが多い。場所を教えてもらうときには、ほとんどの場合、住所か通りの名前、もしくは何とかいうお店の並び、というようにやはり文字情報なのである。住所表記が分かりやすいこともあるのかも知れないけれど、よくあるブレインストームの図以外は(私はこれも分かりにくい部類に入るのだが)模式図はほとんど使われない。
それぞれのやり方でメリット・デメリットはあるにしても、情報処理プロセスが大きくことなることは日々感じるところである。

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ローカーボ的パンケーキ生地・・ココナッツフラワーや
グルテンフラワー、小麦胚芽などの粉ものと多めの卵で。
それでもやはり、小麦粉のあの歯ごたえには遠いですが
ココナッツばかりのぽそぽそ感からは脱却出来ました。

ご注文の際は^^;
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posted by ふにゃこ at 06:50| Comment(0) | 学習編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月27日

ビザシーズン到来

 冬が終わり始めると、あぁまたビザ申請の準備をしなくてはいけないなぁと思い始める。気温も上がって来て、春が感じられるというのに、気分はすっきりしなくなる。尤も、年末にバタバタした2年前と、少しはましだったがやはりストレスフルだった前回に比べれば、一番普通の申請だし、健康診断も必要ないし、気は楽、なはずだった。
 今年で小学校が終わる末っ子の、次の手続きについて、長女の行っている学校の先生にいくつか問い合わせていたり、先生の方から、どうなっていますか、というようなやりとりはしていた。そんなとき、たまたま、街のアジアンスーパーで、学生を連れて買い物に来ていたその先生と遭遇し、しばし立ち話をしたのだが、そのときに先生が、もちろんビザのアドバイスは出来ないのだけど、というお決まりの言葉に続いて、Pathway student visaというのがあるみたいだけど、それで申請出来るならその方が便利なのでは、と言われた。

 以前見かけたことはあったのだが、専門学校や大学の学生のビザだと思っていたこともあり、特に調べることもしてこなかった。だが、移民局のホームページを見ると、この学校の名前も挙がっていて、一定の条件が満たされるのであれば、申請できそうだということも分かった。同時にいくつか疑問がわいた。そのビザがカバーする期間にパスポートが切れるのと、学費は期間分全部払う必要があるのか、さらにビザの条件になっている保険加入期間について、だった。
 学費はよく見ると、初年度分をとりあえず払えばよい、ということだったが、そのほかの点については不明だったので移民局に電話で聞いてみることにした。なにしろ通常の学生ビザなどでは、申請する期間はパスポートが有効でなくてはいけないし、学校も学費を払った学期分の入学許可しか出さないので、申請後にそれがダメだとなると申請料金は無駄になるし、再度ちがうビザを申請しなおすなり、パスポートを取り直すなりしなくてはならなくなってしまいかねない。
 そこで手っ取り早く移民局に電話をしてみることにした。おどろいたことに、苦手な電話なのに、しかもいつも早口英語で辟易するのに、ストレスがあまりなかった。質問が明確だったこともあるのかも知れないが、運良く待ち時間ゼロで(時間帯や時期によっては20人待ち、なんていうこともよくある)すぐにつながり、状況もうまく説明することが出来た。電話のオペレーターは大抵、あまり専門家ではなくて、通り一遍のことは把握しているけれど、それより詳しいことになるとスーパーバイザーに確認することになるのだが、今回も、ホームページに書いてあることを説明してくれようとしていたので、それは見たのだけど、書いていないことなので教えて、と言うと、上司に聞いてきます、としばし待たされた。
 パスポートと学費については解決し、保険については一応答えてくれたのだが、あまり明確な答えではなかったので、これはあるいはよく分からないことなのか、オフィサーによって答えが微妙に違うアレなのか、そんなところかも知れないと思い、一旦電話を切った。
 今年は警察証明書をとりにオークランドまで出かけなくてはいけないかも知れないので、ちょっとバタバタするのだが、それ以外は学校の書類だけの問題で、スムーズに申請出来そうな気がしている・・・


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瞑想教室の教科書です。そう難しい英語ではないけれど、
たとえば、業だの縁起だの、という慣れ親しんだ言葉と
違うので、これはアレのことかそれのことか、と迷いながら・・

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瞑想会のポットラックディナー。

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基本、女子会なのでデザート系が充実。意識高い系の
人が多いので、ローフードやらヘルシー系やら。

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ジョーク好きな楽しい先生です。お坊さんですから
何でもおいしく召し上がるのですが、ちょっとわさび
多過ぎて笑っておられました^^;

多過ぎOKです^^;
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posted by ふにゃこ at 06:22| Comment(3) | イミグレ関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月20日

交渉力

 YouTubeであれこれと外国語学習のコンテンツを見たり、周囲のバイリンガルな移民たちや、各国の留学生・旅行者などを見ていると、現在でさえもかなり独自の道を行く(かなり前向きに表現すれば)日本は、数年後にはますます取り残され、一人、変わり者、としての地位を高めていくことになっていくのではないかと思えてならない。
 インターネットで海外との距離はますます狭まり、これまでは英語を中心としたヨーロッパの言語へのアクセスが今ひとつだった国々でも、共通語としての英語や中国語を熱心に学ぶ人が増え、先生でもなく、まったくネイティブでも何でもないのに英語を教えます、という外国人も大勢いておどろく。
 日本では割合外国語学習が好きで、英語ももちろんだけれど、ドイツ語やフランス語、韓国語など個人で習う人もいるし、市民講座などはどこも人気のようである。NHKの語学講座は今でも健在だし、本屋に行けば外国語の教科書がいくらでもある。
 学校教育でも、なかなか効果が出ないから、とスタートを低年齢化させることに躍起である。それなのに、相変わらず英語が通じない国として有名で、語学学校や高校の修学旅行などで乳国を訪れる中高生の英語力は残念な限りだ。中学からしか英語をスタートせず、子供向け英会話スクールなどが一般的でなかった私の時代とそれほど違わないように感じる。

 ただ、前提として、もしも日本が引きこもりを決め込み、外の世界で起きていることにあまり関わらずにいられるのであれば、ガラパゴス状態がいけないとは必ずしも思わない。日本の中でほぼ完結し、工業製品を輸出して燃料と食料を輸入することに徹するのであれば。もっというなら、自給自足の道を進もうとするならば。
 だがもちろん現実はそうではなく、隣国はどこも挑戦的で、日本人が知らないうちにあちこちで英語であることないことを広められたりしているし、今やアフリカや中東も巻き込んでの地球規模の政治的つながりや情報戦に関わらずに国家を安定させていくことなど不可能だろう。もちろん現状では、こんなところでも日本人ががんばっている、という例を見ることはあるし、日本が重要な地位にいる場面は少なくない。だが少なくとも新外務大臣程度に英語が話せる政治家は少ないし、海外の情報も翻訳されたもので知ることが一般的である。すると、「海外では」とか「ドイツのメディアが」という枕詞をつけるだけで記事の信憑性が増す状況で、フェイクニュースでなくても、偏った情報や意図的な誤訳などにやすやすと巻き込まれてしまいかねない。

 ソースを確認することなく、日本が、あるいは日本人が世界でこう思われている、好かれている、きらわれている、というような怪しげな「データ」に翻弄されている。アジアで割合飛び抜けて注目されていた感のある日本はもう過去のことで、中国が経済的な大国となり、多くのアジア諸国がチャイナマネーと政治力になびき、小学生から中学生を1年か2年海外へ英語習得のためにどんどん海外へ出して、最終的にはアメリカの大学を目指させている韓国人の人数は、乳国のことだけを考えても相当なものになるだろうことがうかがえる。

 原因は比較的単純で、しかもみんながそこに気づいているので、覚悟さえすれば容易に越えられそうなハードルなのだけれど、島国なので緊迫感が欠けてしまうのだろうか。その緊迫感の無さは、島国という共通点のある乳国の外国語学習でも見受けられるし、何人かのイギリス人が認めるように、英語があるから必要性を感じない、という部分はある。状況は似ていても、英語が母国語であることは最大の武器で、日本でしか使われていない日本語しか使えない、というのとは事情が違いすぎる。
 そろそろ大学受験から英語の試験をすっぱりとやめるか、あるいはスピーキングを含む、IELTSやTOEICなどのポイントで代用するようにすれば、少しは状況が好転するのでは、と思うのだが・・。

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頭の体操に、とそろばんを始めてみました。習ったことも
ないので、一日10分ではなかなかスピードアップしませんが・・
YouTubeに読み上げ算の音声もあり、便利になりました。

指の体操^^;
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posted by ふにゃこ at 10:55| Comment(0) | まじめな話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする